卒業にあたって 文学部考古・日本史学専攻2010年度卒業 福原健司

2010年3月に国士舘大学文学部を卒業して警察官になることになりました。私は考古学を学びたいと思い国士舘大学に入学し、入学後1~4年次を通して数次にわたりヨルダン・ウムカイス遺跡の発掘調査に参加しました。発掘調査への参加によって現地の人と接したりするなど様々な貴重な経験をさせていただきました。大学3年生の頃は学部の先輩である今井先輩の家に半居候させていただき、とても楽しい経験もしました。大学で知り合った人はお互い違った進路に進んでも繋がりをもてる身近な存在なのだと実感しています。
戸田先生のゼミでは、ゼミ生の人数が少なかったこともあったと思うのですが、とても丁寧に指導していただき卒業論文も無事に書き上げることができました。ほんとうに感謝しています。
就職先は考古学とは全く関係がないように思われるのですが、警察官には忍耐力や集中力、人と接するコミュニケーション能力、人との協調性が必要になります。私は、これらのことの大切さ重要さを海外での発掘調査や戸田先生のゼミで実感し新たに学ぶこともありました。そして、これからも国士舘大学で学んだことを忘れず住民の安全を守る警察官という仕事に誇りを持って取り組み精一杯努力したいと思います。
後輩の諸君も大学生活ででしか出来ないことがたくさんあるので悔いのないように頑張ってください。
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2007年8月9日ウムカイスでの発掘の一コマ
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2007年8月12日ウムカイスでの発掘の一コマ
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2007年8月25日ウムカイスで現地に人たちとの一コマ
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2007年9月14日ウムカイスで夕食の一コマ
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# by yuji_toda | 2010-04-02 17:35 | 研究室便り  

社会人1年を終えて

社会人1年を終えて
                  2008年度考古・日本史卒業 今井 昭俊                    
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昨年の3月に国士舘大学を卒業し、地元の建設会社内にある埋蔵文化調査部に入社しました。早いものでまもなく1年目を終えます。昨年は社会人1年生ということもあり、毎日が悪戦苦闘であり勉強でもありました。在学時には戸田先生のゼミにいて、2カ年にわたるヨルダン・ウムカイス遺跡の発掘と報告書作成、日本国内での遺跡調査に伴う報告書作成作業などを経験し、考古学を少しは学んだつもりでした。しかしいざ発掘現場に出てみると難題ばかり、結局考古学を再び一から学び直すこととなり悪戦苦闘の毎日。しかしながら、社内の先輩方は優しい方が多く、丁寧にご指導いただいています。
 入社後、すぐに現場へ派遣され4月後半から約6ヶ月間発掘作業に従事しました。日本での発掘現場での作業は、初めてに等しかったので作業員の方々に混じりながら、掘り方やセクション図の描き方など多くを学びました。
11月からは、現場から引き上げて整理作業に入りました。整理作業に関しては、学生時代戸田先生より特訓を受けていたこともあり、現場での作業よりは比較的何とかなりました。しかしながら、土器実測は何回も書き直すなど大変苦労しています。
現在は、報告書の執筆するために様々な報告書を読み込んでいます。
 今年の目標は、2年目なので昨年学んだことを忠実に行いながら、さらに新しい知識を得て勉学に励みたいと考えています。後輩諸君も悔いのないよう頑張ってください。
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土器実測で奮闘
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2007年の思い出1 ヨルダン・ペッラ遺跡で
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2007年の思い出2 ヨルダン・ペッラ遺跡で
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# by yuji_toda | 2010-01-27 17:12 | 研究室便り  

ウムカイス通信7

今夏のウムカイス発掘 
今年もウムカイスの夏がやってきた。発掘調査は8月1日から開始。8月中は4~5人で始まったが、9月に入って考古学実習(松本健教授担当授業)の学生が21世紀アジア学部と一部文学部学生が参加して合流したためにぎやかな毎日となった。実習期間は2週間と短期間であるが、21世紀アジア学部の学生はアラビア語研修を8月上旬からイルビットのヤルムーク大学で行っていたため1カ月以上の滞在である。そのほとんどの学生が初めての中東での生活いい経験になったことと思う。実習最終3日間は恒例のヨルダン国内遺跡巡りで締めくくった。皆さん大変ご満悦の様子。
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ウムカイス遺跡で実習あいまのひととき
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死海での一こま
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ぺトラ大寺院跡前で
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ぺトラエ・ルハズネで
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ぺトラで昼食
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# by yuji_toda | 2009-09-20 04:30  

ウムカイス通信6 ゴラン高原に雨が降る

ゴラン高原に雨が降る。
8月1日先発隊としてグローバルアジア院生の平山君とウムカイスに向かった。いつもと同じ関空11時15分発ドバイ乗り換えのアンマン行きでヨルダン入りした。関空を飛び立ち現地時間翌朝6時前ドバイに到着。いつもだとドバイの天候は快晴であるのだが、今回は一面がどんよりとした薄暗い靄に包まれていた。過去にはない初めて見る光景であった。午前9時前この靄の中ドバイを飛び立ったが上空は厚い雲に覆われて、その雲はサウジアラビア上空、奥深くまで厚く覆っていた。
アンマン到着後タクシーでウムカイスに向かったがやはり例年と違い外気温が低いように感じた。気温が低いのはウムカイスでも同様である。その後遺跡での作業が始まってこの夏ウムカイスでは気温が例年のように40度を超える日はほとんどなかった。昨年は気温が47℃を超える日もあり40℃超える日が多かった。今年は30℃台前半の日が続き、雲の多い日も続いた。また雨の日もあった。この時期ゴラン高原が雨のため見えなくなったことは珍しいことだと現地の人は言う。
8月上旬ペルシャ湾で油田採掘する新潟の好青年M氏よりメールが届いた。彼とは関空からドバイまでの機内で隣り合わせ、ワインで意気投合した人物である。メールの内容は例年この時期ドバイは雲ひとつない快晴で外気温は毎日40℃超える日が続くのであるが、今年は連日37℃前後だったとのこと。そしてこの季節には珍しく雲と海面の水蒸気とで視界がゼロとなりへリコプター&スタンバイボートが海上に設置された油田採掘用プラットフォームに全く近づけない日もあったらしい。このような日には決まってカタールから砂ほこりが飛んできて海上設備を泥だらけにしてしまう。
このような内容である。このような現象は中東だけでなく世界各地で様々な形で起こっていることは承知のごとくである。
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ゴラン高原に降る雨1
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ゴラン高原に降る雨2
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# by yuji_toda | 2009-08-30 04:30  

ウムカイス通信5  5月の砂嵐

5月の砂嵐
現場での整理作業を初めてはや10日を過ぎた。遺物の整理作業も順調に進み新資料もいくつか確認。毎日の天候はほぼ快晴か、雲が少しかかる程度で気温も初夏そのもの。日おうごとに色とりどりの草花に覆われるウムカイスである。こういったさなかウムカイスに到着して12日目の夜半、突然風が吹き荒れ天候が一変した。朝になっても一向に収まる気配もなくむしろあたりはうす暗くなり激しさを増すばかりであった。砂嵐である。かなり以前私はイラクカルバラで経験したことがあるが顔に砂が当たり視界がほとんどなかったように記憶している。ハジャージと呼ばれている砂嵐であるが生温かい強風に砂が舞う現象である。この地域では例年よりも早い時期の砂嵐だと地元の人たちは言っていた。結局ハジャージは夜まで続いた。話によるとこの日ハジャージのためレザートハイウエイで交通事故が発生したため北部の区間が通行止めになったという。また砂嵐のひどい時には空港も閉鎖されることもあるという。現場では砂嵐のため前方とその下に普段ならパノラマのように見えるはずのゴラン高原とウヘェーべの町、そしてガリレラ湖がまったく見えなくなってしまった。
翌朝は何もなかったかの如くウムカイスは草花に包まれていた。
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砂嵐にみまわれたウヘェーべの町とゴラン高原
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砂嵐翌日のウヘェーべの町とゴラン高原
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砂嵐にみまわれたガリレラ湖
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砂嵐翌日のガリレラ湖
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# by yuji_toda | 2009-05-05 20:50 | ウムカイス通信  

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